隙間



ふと自分の人生に虚しさを感じる、そういう瞬間に自分は岐路に立っているのです。

その虚しさへの対処法を間違えると、違法なものへ手を出したり(たとえば麻薬など)、精神的に落ち込んでいったり、全てを捨ててしまうこともあるかもしれません。

虚しさを埋めようと、スリルを求めることもあるかもしれませんね。

何がその虚しさの奥にあるのか、それに気づくことが重要になります。

時とともに、そんな虚しさを感じた自分を忘れて、今までのように生活していくこともありますが、それは問題を解消したわけではありません。

まずは、なぜ虚しさを感じるのか、その根本を知らなければなりません。

人によっては、人生が充実したものではなくても虚しさなど感じない場合もあります。

逆に、人生は充実しているのに、突然虚しさを感じる場合もあります。

以前書いたことがありますが、人間には「魂」というものが宿っています。

この「魂」は、輪廻します。

俗にいう「生まれ変わり」というものは、魂が「宿り変わる」ものなのです。

魂の前世、それが人間に大きく関わることはあまりないのですが、どんな人に宿っていたのかによって少なからず影響はあるのです。

人間は自分に宿っている魂を成長させる役目があるのですが、前世で大きく成長させてもらった魂を持つ人などは、大きな影響が考えられるのです。

先ほどの「虚しさ」も魂が関係していると考えられるのです。

難しく考えなくても、「生き甲斐」という言葉を知っていますよね。

その「生き甲斐」というものに似ていると考えてください。

人生は充実している、でも虚しさがある、とすれば、それは「生き甲斐」がない、または「生き甲斐」というものを捉え違いしているのです。

この辺りは人によって違いがあるので今日は詳しくは書きません。

では、虚しさを感じないのは、魂の成長がないから、または「生き甲斐」を捉えられているからなのか。

そういう場合もあるかもしれませんが、多くの場合が「現実だけ」に生きているからでしょう。

これもまた意味が分かり難いかもしれませんが、魂とか生き甲斐とか、そういうものとは無縁の生き方をしているということです。

虚しさで悩むのか、無縁で楽しく生きるのか、と考えると、大抵の方は後者を選ぶのではないでしょうか。

それもまた人生であり、その道を進むのもよいでしょう。

しかし、前者を捨てられない、つまりは「なぜなのか」という疑問への答えを探そうとする方もいらっしゃると思います。

そういう方は、まずは「魂」という存在を自分自身に教えていくことです。

あるの?ないの?というのではなく、「ある」と強く認識することです。

虚しさ、それは自分が感じているものであっても、自分が発しているのではなく、魂が発しているのです。

時とともに忘れたとしても、発した存在があなたの中にある限り、問題解決ではないのです。

無理に魂や生き甲斐について考える必要はありませんが、考えたい、知りたいと思う場合は、その気持ちをないものとしないでくださいね。

よくわからないかもしれませんが、突然虚しさを感じたということがあれば、ぜひ相談してください。


真実への扉は・・・本家にある

この記事へのコメント