予測と結果



自分の判断により行った事。

その結果が自分の予想外で戸惑う事や困る事があります。

しかしそうしたのは自分なのです。

戸惑いや後悔、こんな事をする自分はバカではないか、そう思うのか、それともこういう事もあるさとむしろ予想外の結果を楽しむのか。

今は前者の方が多いのではないでしょうか。

その気持ちは判りますが、それでは思わぬ結果を招いたうえに、自分の魂からもダメだと言われるのです。

なぜなら、結果を否定する事は、決断した時の自分を否定する事なのです。

自分で自分を否定して、誰が自分を認めてくれるのでしょうか。

自分がした事なら、結果の良し悪しに関わらず、全てを飲み込んでいくしかないのです。

結果が判らない事に対して消極的になりがちですが、どんな事でも人間の予測が成り立つとは限りません。

これなら絶対に幸せになれる、そう判っているならば誰だってそうするでしょう。

しかし人間の予測など高が知れているのです。

魂の話もそうです。

見えないからこそ信じられない、そこを越えて信じる事ができるかどうかなのです。

誰にでもその存在が見えるならば、信じるのは当たり前なのです。

結果にくよくよしない、またくよくよして何かが変わるならばいいですが、自分を傷つけるだけで何も前進がないという所に気付いて欲しいのです。

時間を戻す事ができないのですから、その先の時間をどう使うのかを考えていく事しか人間にはできないのです。

その時間も限られています。

限られた時間の中を喜び溢れた時間でいっぱいにできるのは、他人ではなく自分なのです。

右の扉を開くのか、左の扉を開くのか、いつも自分の判断で道を選び未来を決めています。

決まった未来がないという事は、あなた次第で無限の可能性を切り開けるという事なのです。

生きているって嬉しくないですか。

死ぬが死ぬまで自分の手で未来を創っていけるのです。

微笑を忘れずに前を向いて歩いて生きましょう。

真実への扉は・・・本家にある

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